ローカル日和。

【岩手県 雫石町 移住・定住体験談】
1万坪の風景に囲まれた生活は憧れの暮らし

いつから移住したいと思いましたか

都会への定住志向がそもそもなかったかもしれません

今から20年前後遡ると、フランスやベトナム・モンゴルなど“ツアーではない旅”をしていました。旅好きなんですよね。
そのころから、人が自然体でいられるのは都会ではないと確信していました。
山遊びも好きで、よく仲間と山村の古民家などで田舎暮らし遊びをしていました。

移住しようと決断されたきっかけは何ですか

自分の体と子供のことがきっかけで移住しようと決めました

大阪の気候が暑すぎて、体調がおかしくなってしまいまして。温暖化が進んでいる今、将来も見据えて、今後過ごしやすい環境になると考えて東北への移住を考えました。
また、都会の窮屈な社会の中で、自分の子供が育つことに懸念がありました。

なぜ、岩手県雫石町に移住されたのですか

岩手県は日本一田舎だと思ったからです

20代前半の学生のころは建築探訪のため、社会人になった20代後半ではデザインする商品の素材探しのため、日本中をくまなく旅していました。なので、移住を考え始めたときには移住先の選択肢が多かったんです。
訪れた地域の中で、岩手県は道のすぐ脇に川のせせらぎがある、まさに日本昔話に出てくる風景そのまんまだったんですね。人の本質の暮らしができる環境が岩手県にあると思いました。
そして、移住前から雫石町の小岩井農場にて商品開発の仕事をしていたので、岩手県の雫石町に決めました。

お仕事はどのように見つけられましたか

元々、地域の資源を活かした商品開発をしたいと思っていました

移住前から雫石町の小岩井農場にて商品開発の仕事をしており、そこから岩手県にある南部鉄器、漆、木材、久慈産琥珀などの素材を使ったデザインの仕事をしています。

店舗と工房の両方があり、直営でものづくりから販売まで手掛けているところは雫石町で「流工房」だけです。クレジット決済にも対応しており、先日も朝市に野菜を買いに来られたおばちゃんが、出店していた「流工房」の商品を気に入ってくれてクレジットカードで購入されました。購入しやすいサービスを整えていますよ。

住まいはどのように見つけられましたか

雇用促進住宅を借りて、雫石町で仮住まいをしながら土地を探しました

お仕事で関わっていた小岩井農場の社員として、まず雇用促進住宅の団地2DKに住みました。雫石町に来てから本格的に店舗と住居の物件探しです。
店舗については、工房も必要だったので土地探しに4年もかかりました。たまたま取り壊し間近の戸建てがあると知人から教えてもらって、壊すのはもったいないので、改修して店舗にしようと借りました。そして、店舗の裏の土地を買って住居を建築しました。

移住前に都会から岩手に通って土地探しをするのでは、時間が足りないし情報も薄いです。求める土地や物件情報はインターネットからでは得られません。雫石町に住んでいるからこそ、濃い密度で探すことができますし、地域の人とつながりができたらいい出会いが来ます。
まずは、安い物件を借りて、住みながら土地や物件を探すことをおすすめします。

店舗の様子

敷地内で春夏秋冬を感じることができます

住宅の目の前に店舗があり、それぞれの土地は隣接しています。家を出て少し歩けばお店なので通勤時間はありません。また、敷地の周りには牧草地が広がっており、目に見える景色は1万坪です。冬になると、子供たちはその牧草地でスキーをします。
店舗には薪ストーブがあるので、冬の店内は木の匂いで包まれます。窓からは自然が見渡せてさえぎるものはありません。

移住後の変化、良かったこと

憧れの暮らしを満喫しています

生活の中で、家を振り返って眺めたり、店舗の縁側に座ったりしていると、別荘暮らしをしているな~、自分はいいところにいるな~とよく思います。自然の中で生活でき家族みんな健康的になりました。雫石町は水道水がおいしくて、水道水のおいしさが地域の自慢なんです。
豊かな環境で暮らせば子供達ものびのび育っていますよ。学校の生徒数が少なくて1年生から6年生まで一緒に遊ぶので、上下関係ができますし、人の根本的な生き様を教えていくのにぴったりの場所です。

地域の人とつながり方

物件を借りて大家さんからつながり、自治会の行事に必ず参加しました

地域の人と関係づくりができていないうちは、賃貸をおすすめします。私は店舗を借りたのですが、そうすることで店舗の大家さんから地域の人に知ってもらうことができました。地元の○○さん家を借りている鈴木さんと覚えてくれて、大家さんを通して自分も縁ができたのです。家を改修すると近所の人が来て、○○さん家がこんなにきれいになったと、大家さんは取り壊そうとしていた物件から収入が入って嬉しいと喜んでくれました。また、地域の人は、子供が来て笑顔になって。子供たちには、誰かとすれ違ったら必ず挨拶をするように、車の中にいても窓を開けて声をかけるようにしています。田舎は人間関係が濃密で、大人も子供も名前で呼び合う仲です。移住する人は、みんな土地や家を買いたがりますが、買ってから地域に溶け込むのは大変です。○○さん家を借りている人だから邪険にできないですし、賃貸物件から密接な関係を構築しました。
それでもやはり自治会では孤立するんです。でも、自治会の集まりは多くて、道や川の掃除、神社の旗揚げと忙しいですが、自治会の活動はすべて行いました。子供が通っている保育園、小学校等の会長職もできることは全部やりました。来年度は地区の教育振興会の会長です。
そして、雫石町でIターンの促進、東京で物産展、シンポジウムのパネラーなど進めており、雫石町をよくしていこうと活動しています。また、技術や素材を活かすことが私の仕事なので、若者にもの作りを実現してほしいとイベントや講演などで登壇しています。

今後の夢

雫石町が自分のふるさとになることが夢です

例えばどこかに新しい拠点を持ったとしても、雫石町に帰ってこれるように雫石町に拠点を持ちたいんです。モナコに仕事の拠点を置きたいな~と思っているのですが、雫石町からはいなくなりません。そのために、地域活動に取り組みます。

メッセージ

雫石町に興味を持ったら、このお店に来て私に聞いてください

移住・定住を支援するサービスはたくさんありますが、移住先は自分で歩いて探すしかないんですね。見に行かないと地域のことは分からないから。なので、足を運ぶエネルギーが必要です。
足を運んで雫石町に来られた方を受け皿とする人に私はなりますよ。

  • 名前
    株式会社TACT興業 代表取締役 鈴木勝
  • 移住開始日時
    2006年
  • 家族構成
    勝さん、妻、長女、長男、次男
  • 育った場所、住んでいた場所
    大阪市鶴見区
  • 移住した場所
    岩手県雫石町
  • 移住前の仕事
    住宅を中心とした総合建設業(設計・施工)
  • 移住後の仕事
    工芸品、自然食品、天然素材を用いたオリジナル商品の開発・販売、講演会・イベント等の企画
  • 物件
    店舗(戸建て)の土地:1,000坪、住居(戸建て)の土地:800坪